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あの角を曲がったところで、美味しいケーキ屋さんを見付けたんだ。 「え?え?え?」 ほら、行こうよなつみ。 「ちょ、ちょっとダーリン、いつになく強引だよぉ」 そうかもしれない。僕が手を引っ張って、なつみがそれに引きずられてついて来る…そんな事、今まで滅多に無かったね。 でも、どうしても僕はなつみと一緒に行きたかったんだ。今すぐね。 「どうしたの?本当に今日のダーリン、珍しいね」 そうかな? あ、でも確かに、なつみと出逢った頃以降は、こんな気持ちになった事なんて無かったかもね。 「どういう事?」 随分忘れていたんだ、こんな気持ち。 年を重ねるごとにどんどん僕は忙しくなっていっちゃって、だから近所の街並みの散策なんて、もうやらなくなってしまった。 でもね、今日は久しぶりに暇ができたから。あんまり空が高くて気持ちいいから、久しぶりに散策してみたんだ。 「…それで?」 うん。そうしたら、ずっと忘れていた感覚が、胸の中にすうっと甦って来たんだ。 不思議だよね。自分の住んでいる近所なのに、角一つ曲がっただけで見知らぬ場所に出るんだよ。往く道を一つ変えれば、もうそこは知らない世界なんだ。 そこには入った事無い店がたくさんあって、知らない人がたくさん居て…。 「…」 ねぇなつみ、こう考えた事は無いかな? 高いところから眺める景色には、必ずと言っていい程、たくさんの家々が見える。 その一つ一つには、色々な人が住んでいる。 僕たちは今、「人生」っていう名前のドラマを生きているけど、その人たちそれぞれにもドラマがあって、その無数のドラマが、時に交錯し、時に絡まり合いながら織り重ねられている…。 そう考えると、凄い事だよね。こんな小さな街だけで、一体いくつのドラマがあるんだろうね? 「ダーリン…」 あ、ご、ごめんねなつみ。つまんなかったよね、こんな話して。 そうだよね、他人の人生なんてどうでもいいよね。 で、でもそこの角曲がったところにあるケーキ屋が美味しいのは本当だから、ほら。そんな悲しそうな顔しないで、ね。 「違うよ」 え? 「違うよ。ダーリン、なんにも分かってないんだね?」 な、なつみ? 「バカダーリン。どうしてなつみが泣きそうな顔してるのか、そんな事も分からないの?」 え、そ、それは僕がつまんない話を延々しちゃったからで…。 「だから、それが違うの。ダーリンの話、とっても面白かったよ。なつみも、その通りだと思う。この世界にどれだけの人間たちがいるか、そんな事を考えるだけでわくわくしちゃうよね」 え?あ、う、うん。 で、でもだったらなんで、そんな…。 「ばかダーリン」 そ、そんな事言われても…。 「じゃあ、ばかダーリンに質問です。質問その1、なつみはダーリンの何ですか?」 え、えと、その…。 こ、恋人、かな? 「はい正解です。それでは質問その2、ダーリンは、なつみの何ですか?」 こ、恋人。 「せいかーい。じゃあ、質問その3だよ。ダーリンは今日何をしてきたから、そんな話をなつみにしてくれる気になったのかな?」 近所の散策。のんびりと。 「う〜…それじゃ、質問その4。ダーリンはそれを、誰と行ったんですか?」 それはもちろん、独りで…って、あ。 「…分かった?なつみがどうして悲しいのか」 うん。やっと分かったよ。 どうして僕は、「なつみと一緒に行こう」って思わなかったんだろう。 僕が子供の頃は、まだ時間の流れる速度もゆっくりとした物で、だから散策をするのも何でも無い事だった。 だけどいつしか時代は、凄い勢いで流れ始めた。そして気付けば、僕の周りからそんな事につきあってくれる人はいなくなっていた。 だから僕の中では、近所の散策は独りでするものだっていう決まり事が、勝手に出来上がっていたんだ。 そしていつしか、僕自身もそんな事をしなくなって…。 「ねぇダーリン。独りでやって楽しい事なら、なつみと一緒ならきっともっと楽しいよ。なつみも、ダーリンがそれだけ楽しい事には興味あるから」 …うん。 ごめんね、なつみ。 気が付かなくて。 「ううん、もういいよ。でもね、今度は…」 うん、今度は…。 『一緒に行こうね』 |